河合亞美と藤間絢也の、日々の日記です。
by ami-aya
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年齢を重ねるということ

青春時代がちょうどバブルの時期だったため
私がおじ様方に遊んでいただいていたことは
以前も書いた。


※別におじ様荒らしをしていた、とかそんなんじゃないです。
荒らすほど、遊んでませんし(笑)
極めてまじめな女子高生、女子大生でしたが、
母がお店をやっていましたので、
お店のお客様に可愛がっていただいていたわけです。
つまり、すべてのおじ様たちは、母のお友達、というわけです♪※


18,19歳から、一番遊んでいただいた方は
当時ちょうど、今の私くらいの年齢・・・。
あのおじ様方と同じ年になったのだなあ、と感慨深い。
恋愛関係まったく抜きで、遊びに連れて行っていただき、
沢山笑わせていただき、
沢山ゴルフに連れて行っていただき、
沢山の美味しいものをご馳走になり、
沢山の悩みを聞いていただいた。


私を100%甘やかしてくれるその存在は、とても暖かく、
ワガママなお姫様だった私を本当に可愛がってくださった。
同年代のカレシより、ある意味、落ち着ける楽しい存在で
(当時のカレシ、ごめん(^^;)もちろん、愛していたのは君だ!)、
私の青春時代の、貴重な思い出となっている。


そのころのおじ様方は、
限りなくオトナに見えたのだが、
あの頃の彼らと同じ年齢になった私は果たして
今20歳くらいの人たちにどのように見えているのだろう。


ちゃらちゃらとふざけてばかりいて、
人を笑わせるのが大好きで
泣き虫な私は、まだまだ、
この年齢になっても甘えるのが大好きだ。


ああ・・・でも・・・・そうだなあ・・・。



年下の女の子から、「相談」というのを受けることが
とても多くなった。


そして、それに対して、「アドバイスをする」ということも
非常に増えた。



おちゃらけた私ではあるが、
それなりに、大人になり、
「あみさん(絢也さん)に相談すれば、
何かがわかるかもしれない」という
期待を持ってもらえるくらいには、
見えているのかもしれない。



10歳以上年下の女の子が
「○○という出来事が。
 動揺してしまって。どうしましょう!」と
悲鳴のようなメールを送ってきた。


「よしよし。そりゃあへこむよねえ。よしよし。」

そう言ってやりたかった。
おそらく、私が彼女の立場なら、間違いなくへこむからだ。


私は、女の子たちから、相談や、告白を受けたとき、
おおむね「共感」し、あまり「お説教」にはならないような
話し方をするようにしている。
自分の経験談を織り交ぜ、「こういう考え方もあるよ」という
提案をする。
「こういう考え方をしろ、しなさい、すべき」という
言い回しはあまりしないようにしている。


でも今回は、初めて、こういう言葉を使った。


メールを受け取った直後、
彼女に会ったので軽く頭を叩いて。


「しっかりしなさい!!」


その事態が、「本人がしでかしたこと」や
「誰かに攻撃されたこと」ではなく
「他人に起きた出来事を見て動揺した」だったからだ。
その動揺は、
「羨ましい」「あの人はこうなったのに、どうして私は?」
「くやしい」「ねたましい」という感情が混ざっている
一番やっかいな種類の動揺だ。


わかる。わかるのだ。わかりすぎるほどわかる。
そりゃそうだ。
そりゃあ、動揺するだろう。
痛いほど共感できた。
同じ立場なら、間違いなく、同じ動揺をしたに決まっている。


わかりすぎるほどわかっていたから、
共感してしまったら、なし崩しになる。
この種類の動揺ばかりは、誰が悪いわけでもないので、
自分との戦いになる。
誰も救えない。自分で始末をつけるしか、
手段がない。


彼女の中に存在しているはずの「強い彼女」に向かって
私は「叱咤激励」の言葉を飛ばしたのだ。
それが


「しっかりしなさい!!」だった。


彼女は一瞬泣きそうな顔をしたけれど私はひるまない。


そして、「こういう考え方もあるよ」ということを少し話した。
「あ。そうか!そうだ。そうですよね?
あははっ。そうかも。なあんだ、そう思うと・・・・。
あははっ。あたし、いやなやつかも!?(笑)
あははは。」


笑顔が戻った。


その後、「でもあなたもツイてないねえ。よりによって
今、そんなことが起きなくてもよかったねえ。」と言った。
そう。結局は、「ツイてなかった」ってことだから。
そういう種類のことって。


「そうですねえ・・・そういうことですねえ・・」
彼女が、非常に冷静にそう返答してくれたので
「ああよかったなあ」と思った。


そうして昨日、彼女からメールが来た。


私に話してよかったと。
同年代の友達だったら、ああは言ってくれなかったと。
万が一、同じ事を言ってくれても、
同じように聞くことはできなかったと。
私が、ああいうふうに言ってくれたから、聞けたのだと。
そして、救われた、と。


嬉しかった。嬉しかったし、
ますます彼女の人生を応援してやろうと、思った。


若いということは、強い。
若さは、傲慢なほどに、まぶしく輝く。
時々、20代の女の子たちを見て
切ないような嫉妬心を抱くことがある。
美人とか、美人じゃないとか、関係なく
「若い」ということだけで、彼女たちは、
本当に美しい。


若さの美しさの、残酷なことは、
その若い本人たちが、その美しさの価値に気づいてないことだ。
そして、若い、ということは、
非常に脆い部分もあり、彼女たちは常に
悩みや迷い、不安で一杯だ。



おじさまたちに遊んでいただいていた私は
いつもいつも不安の中にいた。
あまりに不安で
よく「早くおばあさんになって、『幸せな人生だったわ』って言って
死ぬ日を迎えたい」と口にしたほど。
若さゆえの苦悩があまりに苦しくて
私は、「私の人生は幸せでした。まる」という
大団円が早くくればいいと思っていた。



あの頃のおじさまたちは、そんな私の脆さをわかっていて
それで、ああして包んでいてくれたのだなあと振り返る。
いろんな悩みや、告白を
大きな共感と、叱咤激励で返してくれた。
それは同年代の友人からは決して聞けない答えで、
だから私はおじさまたちが大好きだった。


ああそうか。
だからか。
だから、彼女も「私の言葉だったから聞けた」と言ってくれたのか。
私は、若さの脆さを越え
若い人を「包める」くらいに年を取ったということか。


なるほど。ならば。


こんなちゃらちゃらしている私ではあるけれど。


きちんとそれなりに、年齢を重ねているっていうこと、かな。



いろんな苦しい想いを越えて今の
年齢を迎えた。


苦しい想いを、越えてきたからこそ
今、あの頃のおじ様たちが私にしてくれたことを
私自身が、人生の後輩たちに少しでも返せるのだなあ。


そうして、世の中というのはめぐっているということか。


強く、凛々しく、年を重ねていこう。


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けれど、まだ、私の中に、かけらのような若さが残っていて、
これがやっかいなのだ(笑)。
ううむ。早く、その辺を超越したところに到達してしまいたいが、
それはどうやらまだまだ先のことになりそうだ。
まだまだ、もがくことになるなあ。


もがいてるうちが、若いってことなんだなあ。
まったく皮肉なオハナシですこと。
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by ami-aya | 2006-11-19 13:56
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