河合亞美と藤間絢也の、日々の日記です。
by ami-aya
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NOVAに物思う

大学時代に通っていた
「ASAコミュニティサロン」という英会話学校。


ここは当日、レッスンの15分前に行けば
絶対にレッスンが受けられ、
「リスニング」という便利な仕組みがあり、
希望すると、人様のレッスンを自由に聞くことが出来る。


年間50万円という学費は決して安くはなかったが
毎日絶対にレッスンが出来て
たっぷりリスニングも出来るのだから
時間を自由に操れる大学生にとってはありがたいスクールだった。
ほぼ毎日通っていた。


私の英語力はめきめきと伸び、
同じスクールに通っていて
ほぼ私と同じレベルの親友と二人で
オーストラリアに行った時は楽しかった。
そこそこ喋れる、背の高い二人だったので
現地の人に
「フライトアテンダントですか?」と言われて
二人でご機嫌になったものだ(笑)


「機動刑事ジバン」の撮影中も
ドクターギバのレオが、日本語がカタコトだったので
撮影中、時々、フォローしたり。
通訳さんがお休みの日には
「河合君!頼む!」と監督に頼まれ
ボランティアで通訳していた(笑)。


サロン形式(つまり黒板と席、というのではなく、
テーブルを丸く囲んでおしゃべりするような雰囲気)の
英会話スクールのさきがけがASAだったと思う。
とても楽しい学校だったし、
日常会話の上達には最適な学校だった。


そのうち、私は、撮影が忙しくなり
次の年の更新をせず、ASAをやめた。


数年間、英語から離れた。


ある日、道端で外国人に道を訊かれた。
「駅はどこですか?」


「駅はどこですか?」・・・この簡単な質問にびびった。


ASAでは上級クラスだった私。
それが、数年離れていたら、
初級クラスの英語にビビるようになっていた。
しかもちゃんと英語で返事が出来ず
「ここ!まっすぐ!ごー!」みたいな説明をしてしまい、
激しく凹んだ(苦笑)。


ヤバイ。ここまでひどくなっていたとは・・・。



私は決意したら早い。
翌日、私は、地元のNOVAの門を叩いた。


NOVAもサロン形式のスクール。
予約制だし、チケット制。
リスニングシステムがないかわりに
VOICEルームというフリートーキングルームがある。


いい先生と沢山めぐりあった。
人生を語り合って、お互いに共感して泣いてしまったり。
国籍なんて関係ない、
本当に同じ人間なんだな、と
実感させてくれた場所だ。
「同じ言葉を話せる」ということはこんなにも素敵なことかと
日々感動しながら通っていた。
(※このことを「英会話のススメ」という題名で
朝日新聞の投書欄に投稿したら
採用されて図書券を貰った・笑)


また、非常に厳しい先生もいて
私のモチベーションを高めてくれた。
「絶対に、今度はあの人とすらすら話したい!」


私はアルクの通信教育も受け始め、
努力の結果、NOVAではレベル2まで行った。
(NOVAは完全能力別クラス。
レベル7b・7c・7a・6・5・4・3・2・1
の9クラスに分かれている。
私は5からスタート)


レベルアップには必ず試験があり
特に2に上がる時には
論文のテストまである。


「最近読んだ本について」という内容で
私はその時にちょうど
ナチス・ドイツの「アウシュビッツ」についての本を
読んだ直後で、その事を制限時間の30分で書きなぐった。
今思ってもあの頃、私の英語力はピークだったんだと思う。
なんでそんなことを、英語ですらすらと書けたのか
思い出しても自分じゃないみたいだ(^^;)


とてもしっかりした、いい仕組みのカリキュラムが
組まれていたと思う。
いい学校だった。
しっかり英語力を伸ばしてもらった。


しかしながら、
時折、いろいろ売りつけてきたりするのは
鬱陶しかった・・・。
私は、強いので、そういうのをきっぱり断ることが出来たからいいけれど
多くの主婦の方などは、言われるがままに
高い商品を購入していた。


学校の仕組みとしてはいい学校だったのに・・・。


本気で英語の資格を取って、
将来何か、英語で仕事を・・・・。
と思って資格試験の勉強をしていたところで
私は運命の「日本舞踊」に出会ってしまう。



最初は英会話の後、お稽古に行ったり、
お稽古の帰りに英会話に行ったりしていたが、
踊りに本腰を入れようと決意したところで
すっぱりやめることにした。
あのレベルまで英語力を上げたのに、
これはかなりもったいないことをしたと思う(^^;)
でもしょーがない。
踊りでいっぱいになってしまった心に
もう単語が入ってこなくなってしまったのだから・・・。



私の英語力は今、転がる勢いで落ちているが
それでも「残ったもの」はある。
まあ、外国の人と、軽い世間話するくらいの会話力は
なんとか残っている。
それが残ってるだけでも、人生はかなり楽しい。
今も、駅や道端、コンビニで、日本語のできない外国の人を
結構救ってあげたりしてる(笑)。
「親切な日本人」として、小さな国際交流?(笑)
↑いや、これは大事なことだろう!


学んだことは無駄ではなかったなーと、思っているし、
楽しい数年間を過ごしたNOVAにはとても感謝している。


そして、NOVAは、こんなことになってしまった。


なんとも悲しい気持ちだ。


学校の仕組みとしてはとてもいい学校だったのに。


どうして、「そのまんま」行かなかったんだろう。
どうして、経営者は、「私利私欲」に走ってしまったんだろう。


実は最初に通ったASAも、同じようなことで経営破たんして
ずいぶん前につぶれてしまったのだ。


どちらも、現場の人たちはとってもちゃんとしてて。
多くの生徒たちが満足してて。


それなのに。



なんでもそうだけど、
多分、彼ら(ASA・NOVAの経営者)も
最初は「いい英会話学校を作ろう」という
熱意のもと、設立していたんだと思う。


それが儲かってきた。


儲かってきたところ、
目標が変わってしまったのだろう。



「いい調子」になってきたところで
自分とどう向き合っていくかが
勝負なのだと思う。


人間は弱い。
どうしても、欲に溺れてしまう生き物だ。


それは、・・・官僚の不祥事を見てもしかりだが・・・。



自分は何のために頑張ってきたのか。
何のために頑張るのか。
支えてくれたものは何か。
何に感謝して、どう恩返しするのか。


そういうものを見失うと、
破滅するのだな。人って。


せっかく「いいもの」を作っても、
その先にあるのが
「私利私欲」になってしまったら
そこで終わるのだ、ということを
まざまざと見せ付けてもらった。


「芸」だってそう・・・。


見てくださる方に喜んでいただきたい・・・
「見てくださる」・・・。
そういう想いがなかったら
多分そこでおしまいだ。
「ほれ!おれの芸はどんなもんだ!見ろ!」みたいな・・・。
そういうのを時々見てしまうと
非常に残念だ・・・。



言葉にするときれいごとかもしれないけど
感謝や
思いやりを、
何をするにも、
忘れちゃいけないと、深く深く想う。
たとえそれがどんな大きな事業や
国を動かすようなものであっても。


熱く語ってしまった。


NOVAの講師や生徒さんたちは
ホントに気の毒だ。
気の毒すぎる。
自分が在籍してる時じゃなくてよかった・・・というのは
正直な気持ちではあるけれど、
なんとか救済されて欲しい。


特に・・講師の方は・・・。


日本を嫌いになって欲しくない・・。


あー。
NOVAはかなりの罪を犯したよなあ。
それはお金のことだけじゃない。


「日本」という国の名誉を傷つけたのだ。
講師のみなさんは
「日本でひどい目にあった」と母国で話すだろう。



この罪は・・・大きいよなあ・・・・はー・・・。
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by ami-aya | 2007-11-04 12:09
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