河合亞美と藤間絢也の、日々の日記です。
by ami-aya
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MUSASHI!!

お稽古日記でも書いた、
今、私の日本舞踊のお稽古場で
話題沸騰中の「MUSASHI JOINTSUPPORT」

小瓶でお試ししていたのだが
「ダメージのある方は一日3回、お飲み下さい」と
どこかに書いてあったので
毎日欠かさず飲んでいたら
あっというまになくなってしまった。
焦って追加注文。


もう大瓶だぜ!!わはははは!


d0080387_1047571.jpg



このMUSASHI.
恐るべきことは、「コラーゲン生成を助ける」成分が入っているため
コラーゲンそのものを摂るより
なななななんと!お肌がぷるぷる♪になるのだ!!


実は膝の効果が出るのに、私の場合時間がかかったが
肌はすごかった!!
初めて飲んだ翌日、顔を洗ってびっくり!
「うわ!なにこの手触り!!」

そう、どんな化粧品を使っても、ここ近年得ることができなかった
肌のキメと張りを得ることが出来ていたのだ!


おまけに季節の変わり目(今の時期)になると
吹き出物に悩まされ続けてきたのだが、
今年はMUSASHIのおかげでトラブルなし!


おまけにおまけに疲れが取れる・・・。
体のだるさ・・というのが最近まったくない・・・

そして、医者や鍼で治せなかった私の膝の痛みが
解消されつつある・・・・・・。


お、恐るべし!高額サプリメント!!!


膝のため、といのがメインテーマではあるが
本当に、肌にはびっくりした。


確かに「お肌にもいい」とは、どこのサイトでも書いてあったから
「へえ~」とは思っていたし、
勧めてくれた同門のひろぽんも、最近やたらに美しいし
(この人、本当にすごい美人。
自分がすごい美人だという自覚がないところがおかしい・笑)
「ほんまかいな~?」と思っていたら・・・
それは・・「ほんま」だったのだ・・・。

私ももう女としては、「中年」と呼ばれる年代に突入だ・・・


そして、気づいていた・・・・


毎日、お化粧するたびに・・・
肌が・・・なんとも・・・いえなく・・・「下がってきてる」ことに・・・


化粧品を変えてみたりいろいろしても
大して効果なし。
高額なエステに通う余裕もヒマもない
(エステに行くお金があったら歌舞伎を一等席で見る!)


ああ・・こうして・・・徐々に衰えていくのね・・・・
と、半ば絶望していた時に
このMUSASHIと出会った・・・。


今もほほに触れてみたが
つるんつるんだ。
何もつけてないのに、つるんつるん。
こんな感触、何年ぶりだ?


はっきり言って、私は化粧が結構上手いです(笑)。
欠点をごまかすワザは心得ておりますので、
実はMUSASHIを飲んでいても、
お化粧した後の仕上がりに大きな差は出ておりません。
よって、身近な人に
「肌がすごいの!」と言っても
「でも、あみさん(絢也さん)、いつもと同じだよ」と言われてしまいます(笑)



ふふふ・・・・・・・でもね・・・・・・・・・・・。ふふふ。



化粧が楽なんだよ~~♪♪
時間短縮!そりゃあそうだ!だって、
「ごまかすための時間」がいらないんだもん♪
わいわい♪素晴らしい!
そして、お化粧してて、肌に触るのが、ユウウツだったんだけど
それも解消♪わいわい♪


多分、膝の痛みがなくなっても
私はMUSASHIを飲み続けるでしょう・・・
コレ一本で、エステも整形外科も行かなくていいんだもん。
疲れを取るドリンク剤もいらなくなったし。
いいことばっかり。


サプリメントというものを馬鹿にしていたことに反省。


こりゃ、マジで、すごいわ。
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by ami-aya | 2007-03-30 11:00

「友達」とか「仲間」とか。

小学校2年生から児童劇団に入り、
時々、ちょこちょことテレビに出ていた。

そのせいで、上級生や同級生によくいじめられた。
CMに出た時なんてひどかった。
下級生にも集団で
「あ、あいつ!コマーシャルに出てるんだぜ!」
と、罵声に近いからかいを受け、
仕舞いには、教師にも、そのCMの商品名で
からかわれた(T^T).
思い切り傷ついて、登校拒否寸前まで行った。


おまけに背が高く、ひょろひょろとやせっぽちだった私は
見た目の「子供らしさ」がゼロだった。
6年生の4月、私は既に163センチあった。


大人になってから同級生の男の子に偶然会った時、
「あの頃の私のことをどう思ってた?
なんであんなに私のことをいじめたの?」ときいたみたら
「オマエのこと、嫌いだったわけじゃなくて、
一人だけ異様に大人びてて、
なんだか、ムカついて、くやしかったんだよ」
という答えが返ってきた。


「テレビに出ている」という、普通じゃない状況。
「大人びて見えた」という見た目。


いじめられた。たいそういじめられた。
負けなかったけど。泣かなかったけど。
私の小学校生活の後半は
まさに一匹狼状態。
小学校5,6年の2年間の孤独ときたら
今でも夢に見るほどだ。


中学、高校では、すばらしい親友を
4人も得ることができたので
一匹狼にはならなかったが、
その親友それぞれと個人的に深く付き合う、
という付き合い方だったので
「仲間」を作るということはなかった。


小学校の時のことがトラウマになっていた。


あまり、人間関係を増やしたくない。
人間関係を増やすと、ロクなことがない。
面倒くさい。


親友以外の人との
人間関係を作ることを極力避けてきた。


同じクラスの親友が学校を休むと、
他のクラスの親友のところに遊びに行ったり、
クラブの部室で一人でお弁当を食べ、
誰とも話さず、ぼ~っと昼休みを過ごしたり。


芸能界でも、自分から近づいて、
友人を作ろうとこれっぽちも思わなかった。
だから、連絡先を交換した俳優さんたちとも
「付き合い」まで至ることはほとんどなかった。


習い事も。
その場所で「友達」を作ることはまったくなかった。


一生、そうやって生きていくのだと、思っていた。



30歳を過ぎて。


日本舞踊に出会った。


私が入門した頃は、まだお弟子さんが少なくて
お稽古場に行って、お稽古して、帰るまで
他のお弟子さんに会わない、なんてことが結構あった。
また他のお弟子さんが来ても
その方々と、大して話もせず、とっとと帰っていた。


時折師匠と他のお弟子さんたちが楽しそうに話しているときに
お稽古場に入ると、苦痛だった(笑)
「話しなんか、したくない。さっさとお稽古して帰りたい」
それが当時の私だった。
誰とも、かかわりたくない、
本当にそう思っていた。
まして「うまくなりたい」とも思ってなかったので
人のお稽古を見るのも、苦痛だった。



お稽古場で「人間関係」を作る気なんて、さらさらなかったのだ。



そんな私だったのに。



「日本舞踊」が大好きになって
師匠のことを大好きになって。
そうしたら、「みんな」のことが大好きになってきた。



5年の月日が流れ
今やお稽古場で、素晴らしい「友達」が出来た。
そして、素晴らしい「仲間」を得た。
素晴らしい「人間関係」を構築できた。


ああ。


ああ、いいもんだなあ。


心底思う。


笑い転げる「友達」「仲間」って。


いいもんだなあ。


利害関係が一切なくて、
同じものが好きで
同じ価値観で、笑える仲間。


年齢も、それぞれの立場や職業も関係なく
「ただ好きで楽しいから」という理由で
一緒に笑える「仲間」。


いいもんだ。本当にいいもんだ。


師匠のお弟子さん方は
「なんでこんなにみんな?!」と不思議になる程に
魅力的で個性的な人々ばかり。


そんな素敵な人々と
「友達」になれたことが、心から嬉しい。


こんなに、幸せなもんなんだな。


タイムマシンに乗って
最悪の11歳を過ごしてる私に
小さな声でささやいてあげたいな。


「頑張れ。大丈夫だよ。
あのね、30歳過ぎたら、
すっごい素敵な仲間ができるから。
いい友達もできるよ。笑い転げることも沢山。
なんってたって、すっごい素敵な夢も見つかるから。
生きててよかった、と思える、すっごいものに出会うから。
それまで、20年ちょい、
しんどいけど、あんたは強い子だから、
全部乗り越えられるよ。
今はひとりぼっちだけど、ここを越えたら
間違いなくいいことがあるから。」


もしかしたら、この声は
11歳の私に聞こえていたのかもしれない。
だから、あの、強烈な孤独を耐え抜けたのかもしれない。


同門のお弟子さんみなさんに感謝の言葉を。


私を、こんなに幸せにしてくださって
本当に本当にありがとうございます。


おっちょこちょいで粗忽ものの私ではありますが、
どうか末永く、「仲間」で「友達」でいさせてくださいませ。
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by ami-aya | 2007-03-28 10:14

生きると、いうこと。

「お金を稼ぐ」という「仕事」。

「仕事」にはやりがいもあるし、
「仕事」は楽しい。

それでも、不条理なこと、理不尽なことは必ずある。

まったく悪くないのに、謝罪しなくてはいけない場面。
相手が「お客様」という立場であるがゆえ。
人として間違っているような、「うわ。その日本語、ありえない」という
罵倒を浴びせられることもある。

芸能界の「仕事」だってそう。
激しい屈辱を受けることも何度もあった。
「不当」な扱いをされたことも。
裏切られたこともある。

「仕事」で
そういう不条理が起きたとき私を支えるのは
「これが生きるこということだ」ということだ。

先日乗ったタクシーで、
運転手さんがこんなことを言ってくれた。
「あー楽しかったあ、とか
あーしあわせ~とか
そういうことって、そんなにたくさんあるわけじゃないけど。
そういうことがあるってことは、いいことですよね。
辛いときや、苦しいとき。
そういうことが、支えになって生きていける。
そういうもんですよね。」

私には、「あ~楽しかったあ」ということがある。
「あ~しあわせ~」も。
その「しあわせ~」が生きる力になる。

そして「そのしあわせ~」を得るためには
どうしても「生きていかなくては」ならない。

だから。
どんなことだって耐えてみせる。
笑って耐えてやる。

せつないとき。さびしいとき、辛いとき。
許せない怒りがこみあげたとき。
何もかも投げ出してしまいたいとき。

私を最高に幸せにしてくれるものの存在が
私を支える。

私はそういうものに出会えた。

よかったなあ。

そして私には大好きな人がたくさんいて。

「生きる」ことはしんどいことのほうが多いけど
「しあわせな存在」があるから。

がんばっていこう。
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by ami-aya | 2007-03-22 19:58

今度はコレかよ~!

あははっ。

膝。
なかなか完治しないのですが
徐々に回復してる感じが、ようやく、してきました。

ってところで今朝。

目が覚めたら。。


首を寝違えてました~!!


はっはっは・・・。


大難が小難・・・・と言い聞かせ~~♪


それにしても、情けない。

あはは・・・今度はコレかよ。あははっ
(寝違えって、意外と長引くことが・・・(T^T))
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by ami-aya | 2007-03-17 09:53

久しぶりに(^-^)

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久しぶりに
Kittyグッズを自分で
購入~(^-^)


やっぱりかわいい♪
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by ami-aya | 2007-03-14 20:55

膝。休憩中。だから、治って。お願い。

まずは・・・・・

白鬼丸さん、くらさん、ともみさん、まりえちゃん、佳子さん
なつみさん、我は海の子さん、沙羅さん、すの字さん
こうみゆうさん・・・非公開の○○さん・・・・

みなさん、コメントありがとうございます!!

とってもとっても大切に読ませていただいております!!
カキコミがあると本当に嬉しい♪

個別にお返事しようしようと思いつつ
気がつくと時間が過ぎ・・・・。

本当にありがとうございます。
どうかこれに懲りず、これからも書き込んでやってください。
今後は、もっとマメにお返事しますので、
どうか許してやってください!!

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さて、今週は師匠ご多忙につき、お稽古がお休みです・・・。

お稽古がお休みなのは寂しいけど、
ここらで私の膝を休憩させるにはいい機会かと。


「三ツ面子守」で、ヤバめになっていた私の膝の疲労。
「菊の栄」の一ヶ月で、かなり回復してきておりました。


しかしながら~~
またまた膝にご苦労かけてしまう「子守」が始まったため・・・

おまけに「家族の行事」でスキーをやったため・・・


「しゃがんだら、何かにつかまらないと立てない」状況になってしまいました。

えっと。ぶっちゃけ、今月に入ってから、
ずっと、そんな膝です。あははー。


私のお稽古をご覧の方々は「え?」って思うかもしれません(笑)
実際師匠にも「お稽古がないときに膝を治します・・・」と申しあげたら
「え?膝?膝がおかしいの?」と。
気が付いておられなかった様子。よかった。
踊りに出てなくて♪


ええ、「子守」を踊ってる時だけ、
なぜか、大丈夫なんですね(^^;)。
踊ってる時だけは、大丈夫なんです。
座って立つ振り満載なんだけど、平気。
脳みそからへんなエキスが出てるのかしらん。はっはっは。


かなり、辛いので、病院に行ってきました。
レントゲンの結果、水も溜まってないし、
関節が変形してるようなこともないし、
「ただの疲労」という診断結果となり、ほっとしております。


「とにかく、出来るだけ、疲れを取って」とお医者さん。


今週、あと2回、ハリとマッサージに行ける!
今週中に、回復させて
来週からはもっとバリバリ踊りたい!


今週は休ませるから。
踊らないから。


だから、治って。お願い。膝よ。


いつもアチコチ悪くって、いやんなっちゃうわ~~
あははははっ。
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by ami-aya | 2007-03-13 23:38

母と「共演」---新たなる「挑戦」

春になりました。
春なので、新しい「挑戦」のことを書くことにします。

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それは昨年の・・・いつごろだったでしょうか。
はっきりは覚えていません。
私は母と、実家の側のロイヤルホストでお茶をしてました。

5月の名披露目の「文売り」の舞台以降、
母はすっかり、私が日本舞踊を続けることに
不快感をしめさなくなり、
それどころか、むしろ、周囲の人に
「この子ねえ、藤間流の名取なんですよ」と自慢げに
話すようになってくれました。


仲良しの母子に戻った私たちはおだやかにお茶をしてました。


何の話の流れだったかも、覚えてません。


ただ、それは、母がふと漏らした
この一言から始まったことであることは、はっきりしています。


「あーあ。一度でいいから、もう一度、
おっきい舞台で、小唄が唄いたいな。」



母は、女優の仕事の傍ら
19歳で小唄、春日派の師範名取になり、
春日とよ昌幸の名前で小唄のプロとして活躍していました。
雑誌「邦楽の友」の取材を受けるほどの唄い手だったとのこと。
その頃を知る親戚や近所のおじ様たちから
「そりゃそりゃ、理恵さん(母)の小唄には、しびれたよ~」
と聞かされたものです。


しかし、結婚、出産を経て、次第に小唄の世界から遠ざかり・・
・・数年に一度、
親戚の結婚式や、なにかのイベントなどで唄うだけになっていました。


長年のブランクがあるものの、
母の唄には、人をひきつける「何か」があるのは
素人の私が見てもわかり、母がイベントで唄うたびに、
姉と私とで、
「ママ、もったいないね。お稽古しなおして、
またお弟子さんとってお師匠さんになればいいのにね」
と言っていました。


しかし、店の経営に忙しい母は
「本気で小唄をやる余裕はないわよ」と
私たちの言葉に耳を貸すことはありませんでした。


その母が
「もう一度、大きい舞台で唄ってみたい」とつぶやいた・・・。


もしかして。
私は。
今まで出来ていない、「親孝行」が始めて出来るかもしれない。


私の胸はざわざわとざわめきました。



その翌週。私はお稽古場で師匠に相談します。


母のつぶやきを、師匠にお話しました。
そして・・・
「来年の浴衣浚いで
母の唄で私が踊る、そんなことは実現できますでしょうか」と。


師匠は、にっこりと微笑まれ、こうおっしゃいました。
「いいじゃない。おかあさんの唄であなた、一曲踊りなさいよ。
小唄の振りはいくつかうちにもあるけど
振りがない曲を唄いたいなら、、僕が作ってあげる。
あなたのご家族もご親戚も、おかあさんのお店のお客さんも
みんな喜ぶでしょう。
そういう、みんなが喜ぶイベントがあっていい。
やりましょうよ。」



師匠のお優しさが身にしみました。


私が日本舞踊にのめりこみ、名取になるに至って、
母と私の間で起きてしまった確執について
師匠はよくご存知でした。
特に、私が名取になることが原因で、
大きな喧嘩をしてしまった時には、
「おかあさんに、僕から一筆、書いてあげようか?」とまでおっしゃり、
私たちの親子関係がよくないことについて
とても心配してくださってました。


また・・・私は・・・・・この年になっても・・
母に何も・・何も親孝行できてない・・・
私がテレビの世界で、有名なスターになることを
何より望んでいた母。
私はなんとかかんとかテレビの世界には入ったけれど、
「有名なスター」にはなれなかった。
私の力不足で、ついにその母の夢もかなえてあげられなかった。
そして母の理解できない世界に身を投じ、
母から離れていった・・・。


自分のことに精一杯で、経済的にも、
両親に対して、何も援助できない。
忙しくて店を手伝ってあげることも出来ない。


何も出来ない私が。


たったひとつ。唯一できること。



今も「芸事」に情熱をそそぐ、不肖の娘が出来る
唯一の、唯一の親孝行。


それは、母の中に眠っている
「芸」の情熱と才能を、
開いてあげること。



母が、私がのめりこむことを嫌った「日本舞踊」。
その、「日本舞踊」で、母に恩返しが出来る・・・・!



「うちの先生が、ママの唄で踊っていいって!
ママ!舞台で唄えるよ!」


母は大喜びし、
「どうしてももう一度唄いたい」という
「沓掛時次郎」(演歌ではありません。春日とよさん作曲の
れっきとした春日の小唄です)
が演目に決まりました。
長さも、小唄としては長く(小唄は普通2、3分)
6~7分あるので、踊るにも十分です。



「沓掛時次郎」のカセットをなんとか入手し、
準備を進めよう・・・というところで
問題が一つ発生。


三味線演奏の方を探さなくてはならない・・・。


母が自分のお師匠さまに相談してみる、ということに
なっていたのですが、
いろいろ事情があり、それも難しく・・・。

さて果てこまった。


この三味線方が決まらないために
母の気持ちがだんだんと・・・・意気消沈してきてしまったのです。


「だめかもしれないわね・・・・・」


母がすっかりしょんぼりしてしまってることを
私は師匠にお話しました。


「せっかくの先生のお気持ちだったのに・・・・
当の本人がしょんぼりしてしまって・・・
実現できないかもしれません・・・」


「それならしかたないね」と、
師匠はおっしゃるかと、思ってました。


しかし、師匠はこうおっしゃったのです。
「もう少しがんばってみようよ。
せっかくだもの。実現しようよ。」


この師匠の優しいお言葉に、私の心に火がつきました。



三味線を弾いてくださる方は、
私が探す・・・!
私が依頼する・・!



その燃えた火の中で、
浮き上がったお名前がありました。


それは、ネットを通じてお知り合いになった
江戸端唄のお師匠様である「笹木美きえ」さん!
(HPのリンクページにも紹介させていただいてます)



でも・・ネットを通じて・・ほんの少しのやりとりをしたことがあるだけ・・・
お会いしたことも、記憶では2度くらい・・・。


そんな縁薄い私のために・・・
こんな依頼を聞いてくださるだろうか・・・・。



勇気を出して美きえさんにメール。



なんと!すぐさま、美きえさんからお電話を頂戴しました。



「私でよければ喜んでお引き受けしましょう」



・・・・!涙が出るほど嬉しいお返事でした。
人の縁て・・人の出会いって・・・・
なんという・・・・なんというものなんだろう・・・!



師匠の優しさと、美きえさんの優しさ。
すべてが合わさって、
私は舞台の上で初めて「共演」することになりました。


ともに「女優」の道を歩んだ母子ですが、
初共演は、

春日とよ昌幸
藤間絢也


として・・・。なんとも・・なんとも不思議で・・・そして・・
・・・感慨深いです。




今現在、すべてはまだ準備中です。
これからお稽古用のテープを作って・・・
師匠に振りをつけていただくのも
まだもう少し先になります。



この準備段階で、公表したのは、
「母に火をつけたい」から。



いろいろなことが実現の運びになった途端、
母ときたら
「もう、すごいプレッシャーよぉ」
「とっても嬉しいけど、まさかホントにこんなことになるとは」
「お店のお客さんなんか、あまり呼ばないようにしよう・・
 恥ずかしいものね・・」
などなど、らしくない弱音を!!


「冗談じゃないわよママ!
 お店に大きく宣伝の紙を貼るよ!
 お客さんに一杯来てもらって!
 親戚も沢山呼ぶよ!みんなにママの唄を聞いてもらうよ!」




「うひゃ~~もうにげられまへん~~
いっちょやったるか~~!」



・・・というところに母を追い込むために、
今回、このHPで公開することにしたわけです。
(追い込むって・・・親孝行のはずじゃ・・笑)


頑張れママ!



さて。私は、といいますと、この浴衣浚いで、
清元「子守」とともに
母の唄で、初めての「小唄振り」に挑戦します。


「仕草」の多い小唄振りはとても難しいものです。
私のキャリアでは本来踊れるものではないと思います。


だけど、だけど。
挑戦します。無謀な挑戦であることは十分知りつつ、
いけるところまで、挑戦します。


周囲のご尽力のおかげで実現する一つの「夢」。
皆様への感謝の気持ちを胸に
母と娘は、頑張りますので、
どうぞどうぞ、8月18日は、日本橋劇場に足をお運びいただければと存じます。
HPのお知らせページもご参照下さい)


旅行のご予定、そこだけは、はずしていただければ(笑)
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by ami-aya | 2007-03-10 13:35

無事帰宅

無事に帰ってまいりました。

よい景色、よい空気に触れた6日間の長旅でした。

早寝早起きをしていたので、
身体も元気。


さて、明日から、また、頑張ります。
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by ami-aya | 2007-03-02 00:45